白山麓の名刹「白山本地堂」(林西寺)

白山麓は信仰の深いところです。
かっては「加賀は百姓の持てる国」といわれ、その行政の中心が一向衆の拠点尾山御坊でした。百年近く続いた民衆の統治も織田信長の北陸方面軍によって落とされます。この戦で最後まで必死に抵抗を続けたのは白山麓の鳥越城を拠点とした一向衆たちでもありました。
この名残か、この地域では本願寺派門徒が多く報恩講がいまも盛んに行われています。
信仰の厚さを示すかのようにお寺の造りの立派さにも驚かされます。
ここ白峰の林西寺はその代表格です。寺の敷地内の白山本地堂には明治の廃仏稀釈で壊される運命にあつた白山の峰々にあつた「下山仏8体」が安置されています。その1体「銅造十一面観音菩薩立像」は国指定重要文化財で11世紀中期に造られた金銅仏として仏像造りの変遷を知るためにも貴重な1体のようです。この他の7体も県の重文に指定されいます。
これらの貴重な仏像が残存できたのは、林西寺の当時の住職可性法師が下山仏を集め密かに安置していた功績によるものです。
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白峰の林西寺(養老元年(717年)白山を開いた泰澄大師が開基したお寺)

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御堂の広さ・使用されている柱などの大きさに圧倒されます

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一木彫りの龍の欄間・中央の龍は舎利塔を掲げている

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左側は仏典の巻物を掲げる龍

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玉を握る龍・・・福井の平泉寺(へいせんじ)の匠の作

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「東本願寺の床板」・・・改修の際、ここ白峰から大量の床板が寄進されたことを記した数枚の床板が見つかり、その1枚がふるさと「白峰」に里帰りた。
■明治元年・・・・神仏分離令 / 明治7年・・・廃仏毀釈令が公布される。
by makimaki59 | 2006-05-16 23:21 | 日記 | Comments(2)
Commented by tokimekiroman at 2006-05-17 22:28
林西寺、中も立派なんですね!いつも前を素通り。まだ入ったことがありません。
歴史も勉強になりました!
このすぐそばに北野食料品店がありましたね。油揚げがすごく美味しい!人気があって、すぐ売り切れになるそうです。
Commented by 風の旅人 at 2006-05-18 00:05 x
ときめきさんへ
拝観料は300円です。かわいい娘さんが説明してくれました。
あそこの厚揚げは私も好きです。それ以上好きなのはかど店の「志んさ」の栃モチです。白峰に出かけると必ず買い求めています
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