「函館」散策 ①

函館は長崎・横浜とともに1859年(安政7年)
外国に初めて貿易港として門戸を開いた港です。

d0043602_13063313.jpg

藩政時代の北海道は、まだ「蝦夷地」と呼ばれいました。
道南の一部は松前藩が治めていましたが、この函館の港としての
立地に目を付けて活躍した人物の一人として高田屋嘉兵衛がよく知られています。
嘉兵衛はこの函館を拠点として  国後島・択捉島間の航路を開拓。
漁場運営と廻船業で巨額の財を築いたと言われています。
また、ロシア艦船に拿捕され抑留生活も経験しています。



時代が下って「蝦夷地」が「北海道」と命名したのは明治新政府。
今年は150年を迎える節目の年だそうです。

この命名を明治政府に建白したのは松浦武四郎。
幕末の探検家で、現在の三重県松坂出身で北海道・樺太の開発に
貢献のあった人で。彼の提案したのは「北加伊道」(ほっかいどう)。
この他のいくつかの提案にあった中の「海北道」の折衷案として
「北海道」が誕生したようです。加伊(かい)はアイヌの人たちが
自分のことをカイと言っていたことからつけらえたと言われているが、
言語学者の中にはこれを否定する意見もあるようです。



ともあれ、函館は北海道開発の拠点として、また諸外国との
交易の窓口として異国情緒の豊かな街として発展して行きました。


d0043602_06173273.jpg
坂道から港が一望できます。

函館は坂道とあちらこちらに教会の建物が目立つ街です。


d0043602_06225623.jpg


函館ハリスリス正教会

d0043602_06234110.jpg



ロシア領事館付属聖堂として1860(安政7)年に建てられた
日本最古のロシア正教の聖堂です。
1983(昭和58)年重要文化財にしてされています。

d0043602_06241567.jpg
カトリック元町協会
フランス人宣教師が江戸時代末期の仮聖堂を立てたのが
始まりと言われ、1907(明治40)年の函館大火で焼失、
現在の建物は大正12年に再建されたものです。

この他、近くにはプロテスタントの教会、函館聖ヨハネ教会や
東本願寺函館別院など宗教施設が集中しています。

d0043602_21035528.jpg
旧函館区公会堂
明治時代の面影を残すモダンな洋館


つづく



by makimaki59 | 2018-07-21 21:11 | Comments(0)
<< 「函館」散策 ② ユネスコ全国大会参加のため函館へ >>