石崎の奉燈祭りー2018

猛暑にも関わらず今年も石崎の奉燈祭り見物に出かけてしまいました。
どうも幼いころから身体の中に浸み込んでしまつているのか
このシーズンが近づくと、「サッカサイ、サカサッサイ、イヤサカサー」の
威勢の良い掛け声と笛・太鼓と鉦の音が聞こえてくるようで
自然と石崎へと車を走らてしまいます。

昨年は夜の見物でしたが、臨時駐車場の混雑のことを考えて
今年は午後3時過ぎから祭り広場での祈願祭から見ることにしました。

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真ん中の東3区の奉燈絵は2年ぶりに新調され
これまでの韋駄天から「武内宿禰」が描かれました。
また、東1区の奉燈の武者絵も鎌倉時代の
武将 菊池武光に新調されました。

いずれも石崎町出身の奉燈絵師 田中剛氏(42)の作です。


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そろいの青パンツ衆は東4区

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昔は見られなかった女性の笛奏者も・・・
これも時代の流れです。


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東4区 「智仁勇」

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ピンクパンツの担ぎ手は西2区衆

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笛・太鼓・鉦のリズムで100人近い担ぎ手の動きをコントロールします。
太鼓打ちの見事なバチさばきも見ものです!

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西2区 「満銀燭」

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お揃いの白法被の西1区衆


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ちなみに町のカラーがあるようで東1区緑 東2区黄 東3区赤
東4区青 西1区白 西2区ピンク だそうです。


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左から東1区「魚満浦」 東2区「福無極」 東3区「志欲静」
東4区「智仁勇」西1区「銀鱗飛躍」その陰に西2区の「満銀燭」


memo : 重さ 約2トン 同幅 約2.5メートル
高さ 約12~15メートル
長さ担ぎ棒 約9メートル




# by makimaki59 | 2018-08-07 15:01 | 能登の祭り | Comments(0)

宮沢賢治を訪ねて花巻へ

ユネスコ全国大会in函館の帰り、大学時代の友人Kの住む花巻に途中下車、
駅近くのホテルに宿をとり、夜は美味しい店を紹介してもらい
酒を酌み交わし、若き学生時代の思い出しを交わし旧交を温めました。


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JR花巻駅、東北新幹線線の新花巻駅が、離れた場所に
作られたことから乗降客が減少、かつての賑わいを失ったようです・・・


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駅前広場のモニュメント「風の鳴る森」
宮沢賢治の作品からイメージして創られた斎藤ヒサシ氏の作品。
このモニュメントからは朝8時から夜の9時まで
30分ごとにシンセサイザー音楽家「姫神」の作曲した
オリジナルBGMが流れます。


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道路の壁面に浮かび上がつた宮沢賢治の世界
「銀河鉄道の夜」
飲み屋からの帰りに案内してもらいました~♪

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友人は翌日も時間を割いてくれて車で宮沢賢治ゆかりの場所を
いろいろと案内してくれました。

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県立花巻農業高校の敷地内に移築された賢治の生家


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生家のあった場所に建てられた
「下ノ畑ニ居リマス 賢治」の看板

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下の畑・・・右上の一角が賢治の畑だつたようです。

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宮沢賢治記念館前に立つ
「よたか星彫刻碑」

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宮沢賢治の世界観、宇宙観など「心象」を理解しやすいいように
館内は哲学・芸術・宇宙・宗教・野 それに生きた時代背景、
交友関係などのフィールドが解りやすく展示されています。

石川県人との関係としては賢治の子供の頃、
父親と宗教哲学者の暁烏敏とは親しく暁烏は何度も
花巻を訪れていて、自宅にも宿泊したそうです。

これらのことが、賢治の宗教観にも影響を与えたようです。


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椀子蕎麦の有名な花巻
昼食はリクエストして老舗の蕎麦屋に連れて行ってもらいました。
今回は椀子そばへのチャレンジは遠慮!
オーソドックスなざるそばをいただきましたが
流石、そば処! 腰のある美味しい蕎麦でした。


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昼食のあと、まだ、汽車時間まで少しあることから
友は賢治がこよなく愛した北上川のイ
ギリスの風景によく似ていると名付けられた
「イギリス海岸」のある場所に案内してくれました。

川沿いの胡桃の群生地。 
木々には大きな実がついていました。




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滔々と流れる北上川
おもわず懐メロも「北上川夜曲」を口ずさんでしまいました。

久しぶりの友との再会、本当に楽しいひと時を過ごさせてもらいました!
感謝・感謝です。


# by makimaki59 | 2018-08-05 13:30 | Comments(0)

「函館」散策 ③

函館名所旧跡の一つ星型のお城「五稜郭」
函館開港にあたり外国船の防御の拠点として幕末の
元治元年(1864)に完成しました。
一辺が300mの星型の城郭、榎本武揚率いる旧幕府軍が
新政府軍に最後の抵抗した地でもあります。
現在は五稜郭公園(特別史跡五稜郭)として公開されています。

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隣接する「五稜郭タワー」(107m)から望む五稜郭
展望デッキに行くには大人900円。
中に見える建物は2010年に復元された函館奉行所です。


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展望デッキ内には江戸末期に建造された五稜郭の復元模型や
ペリー艦隊来航から函館戦争終焉までの歴史が
精巧なフィギュアや資料で分かりやすく時系列に展示されていました。


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ペリー提督と幕府側との会見を再現したフィギュア



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土方歳三との2ショット

新選組副長だった土方歳三は新選組の生き残りを率いて
幕府海軍副総裁 榎本武揚とともに函館へ
ここ五稜郭を拠点に独立政権「蝦夷共和国」を樹立
初代総裁に榎本、土方歳三は陸軍奉行並に取り立てられた。

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しかし、その後の新政府軍との戦い、いわゆる「函館戦争」での
土方歳三らの目覚ましい戦いぶりにかかわらず
次第に政府軍の猛攻に耐えられずに明治2年(1869)
榎本軍(旧幕府軍)の終焉をむかえます。

土方は切込み隊長として騎乗して出陣したが、
被弾して散ったといわれる。享年35歳の若さでした。

それにしても「いい男!」
女性に土方歳三ファンが多いと聞くがわかる気がします・・・








# by makimaki59 | 2018-07-28 20:01 | Comments(0)